デジタル台風:台風の名前(アジア名)
概要
すべての台風には実は名前があります。1年間にはいくつもの台風が発生しますし、同時に複数の台風が発生していることもあります。こういうとき、それぞれの台風に名前がついている方が区別するのに便利ですよね。では名前のつけ方は、どのように決まっているのでしょうか?台風の命名方式には、番号方式とリスト方式があります。多くの国ではリスト方式が普及しており、ハリケーンに対する人物名リストなどがその代表的な例ですが、日本では番号方式が普及しています。ただし、両方式とも「曖昧性」という問題を抱えています。
基本的な仕組み
台風・ハリケーン・サイクロン(以下ではこれらをまとめて「台風」とします)がある基準を満たすと、各地域で命名を担当する機関が台風に名前を与えることになります。台風の命名方式には、大きくわけて二通りの方式があります。
- 番号方式
- リスト方式
番号方式
番号方式とは、ある台風シーズンにおける発生順を表す番号(通番)を、台風の名前として使う方式です。例えば「台風14号」は、台風シーズンの最初に発生した台風を1号とし、そこから数えて14番目の台風を表す名前です。現在の年が省略されているので、この名前だけではどの年の台風なのかわかりませんが、新聞やテレビなどのメディアで使われるのは、このような簡略型の2桁方式です。
やや専門的な用途には、西暦(2桁)+番号(2桁)の4桁識別コード、例えば2003年の14番目の台風には「台風0314号」、または「T0314」という表記を用います。また、気象庁による正式な表記は、「平成15年台風第14号」という年号と通番の連記方式ですが、この表記は役所の公式文書以外にはあまり利用されていないようです。最後にこのウェブサイトでは、「台風200314号」のような6桁方式を使いますが、その理由については周期性の問題で述べます。
さて、番号方式の根本的な欠点は「覚えにくい」ということでしょう。そこで人々が記憶しやすいように、台風に特別な名前を命名する方式が併用されることとなりました。台風によって大規模な災害が引き起こされたり、台風に伴って顕著な気象現象が観測されたとき、気象庁は台風に特別な名前を命名することができます。過去のケースでは、顕著な気象現象の観測場所や大規模な災害・事故に関連する名前が命名されており、過去には8個の命名された台風がありますが、1977年以降は命名台風がありません。
なお番号方式の場合、発生順そのものが名前となるため、事後変更が目立ってしまうという問題もあります。まず一度認定した台風を削除した場合、その番号は欠番となります。例えば1954年の台風のリストでは195402号と195410号がありませんが、これは削除の例です。また、発生順が入れ替わる場合もありますが、この場合は名前を変更せずそのまま使います。例えば1990年の台風のリストでは、199012号よりも199013号の方が先に発生したことになっていますが、これは正式な記録を作る際に発生日時を変更したためです。なお、挿入の例、つまり見落した台風を後から加える手順も決まっています。この場合、台風200314.1号のように小数点つきの名前となりますが、このデータベースの対象となる1951年以降には実例がなく、今後もおそらくな� �のではないかと思われます。
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リスト方式
リスト方式とは、世界の気象機関が設置する委員会であらかじめ決定しておいた台風名のリストから、台風が発生するたびに順々に名前を選んでいく方式です。このような名前リストは発生地域ごとに定められていて、名前リストを管理する中心的な機関も決まっています。例えば台風200314号は「Maemi(マエミー)」という名前を持っていますが、これは北朝鮮の言葉で「セミ」という意味で、北西太平洋地域の台風名リストである台風のアジア名から選ばれた名前です(発音表記についての注意)
世界の国々では、日本のように番号方式を使う国よりも、リスト方式を使う国の方が多数派のようです。番号方式の方が、台風シーズンの中で何番目の台風かを把握するのに便利ではありますが、どれも数字が似ていて区別するのに紛らわしいといった理由から、リスト方式が広く普及することになりました。
各国で実際に台風がどのように呼ばれているのか、私がわかる範囲で以下のようにまとめてみました(参照)。現地在住の方からのより詳しい情報、訂正をお待ちしております(ご意見)。
日本 | 番号方式のみ |
---|---|
フィリピン | フィリピン国内のみで通用する独自のリスト方式 |
中国 | 番号方式からリスト方式に移行中? |
韓国 | 番号方式が主でリスト方式も併用? |
台湾 | リスト方式の方がよく使われる? |
ベトナム | ベトナム周辺のみで数える独自の番号方式とリスト方式を併用 |
米国 | リスト方式のみ |
台風(ハリケーン)にはなぜ女性の名前が多いのか?
このようなリストの中で、最も有名で歴史も長いのが、北大西洋に発生するハリケーンの名前リストです。これは、単語の先頭の文字がアルファベット順になるように名前を選び、そのリストをAから順番に使うという、現在の方式の起源になっています。そもそも、米国空軍や海軍の気象学者らが、彼らのガールフレンドあるいは妻の名前を愛称として使ったことから、女性の名前のみが使われることになりました。しかしその後、それでは男女同権に反するということで、1979年以降は男性と女性の名前が交互に用いられています(英語による詳しい説明)。
このような名前リストには、「年次リスト」と「継続リスト」の2種類があります。「年次リスト」の代表的な例は、北大西洋のハリケーンの名前リストです。これは、先頭文字のアルファベット順に人名21種類(Q、U、X、Y、Zの5文字は利用しない)のリストをあらかじめ6セット用意しておき、1年ごとに1セットずつAから順に利用していきます。6年間かけて6セットのリストを一巡すると、再び1セット目のリストに戻ります。したがって、リストの後半にあるVやWなどの文字で始まる名前は、ハリケーンが多数発生しないと順番が回ってこないため、名前リストには入っているもののほとんど使われたことがありません。また、21個より多くのハリケーンが発生し、その年の名前リストを使い果たしてしまった場合には、ギリシャ文字のα(ア ルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)などを順に続けていくことになっています。そして2005年ハリケーンシーズンには史上初のギリシャ文字ハリケーンが誕生し、現在「アルファ」「ベータ」「ガンマ」「デルタ」「イプシロン」「ゼータ」まで名前が進んでいます。
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一方、「継続リスト」の代表的な例は、台風のアジア名リストです(次節)。この場合も、1セットの名前を使い果たすと次のセットに移るという部分は同じですが、名前リストのセットが年ごとに分割されておらず継続的に利用できるため、年間で名前リストを使い果たすというケースは発生しません。またリストに入っている名前が、少なくとも1度は登場するという点も異なっています。
日本を含む北西太平洋地域の台風の名前についても、1999年まではこのようなアメリカ方式が使われていました。米軍占領統治の間に米国風の女性名が国内で使われるようになり、1947年から1953年5月までの台風については、アメリカ空軍が命名した女性名が報道などにも使われました。有名なものには、カスリーン(KATHLEEN)台風(194709号)やアイオン(IONE)台風(194821号)、キティ(KITTY)台風(194910号)、ジェーン(JANE)台風(195028号)、ルース(RUTH)台風(195115号)などがあります。アメリカ空軍気象隊が定めた名前のリストは、毎年更新されて気象庁に送達されていました。
日本国内では、このような名前方式が利用されたのは台風195302号までで、それ以後の台風については女性名を国際的な通報のみに利用し、国内向け台風情報には番号方式を使うようになりました。しかし1972年の返還まで米施政下にあった沖縄では、その後も米国風の女性名がずっと使われていました。そのため、「宮古島台風」や「昭和34年(1959年)台風第14号」などの名前よりも、サラ(SARAH)台風(195914号)、コラ(CORA)台風(196618号)、デラ(DELLA)台風(196816号)といった米国風の名前の方が、いまだに災害の記憶とともに語り継がれています。
なお1946年までは、個々の台風には名前はつけられておらず、日本本土や船舶に大きな災害をもたらした台風のみ名前がつけられていました。1934年の室戸台風や1945年の枕崎台風などがその例です。
台風のアジア名と名前の由来
このような人名方式は、特に米国ではハリケーンに親しみをもたせ、人々の記憶を助けるものとして効果を発揮しましたが、米国風の人名は日本やアジアの国々の人々にとって、いまひとつ馴染みが薄いものでした。そこで、アジア地域でも我らの名前リストを作ろうではないか!ということになり、2000年以降は台風のアジア名のリストが使われるようになりました。
では台風のアジア名は誰が決めるのでしょうか。それを決めるのが、世界気象機関(WMO)熱帯低気圧プログラムに属する、アジア・太平洋14か国・地域の気象機関で構成する台風委員会です。この委員会には各国が10個ずつ名前を提案できるので、全部で140個(=14か国×10個)の名前が定まることになります。このリストには、動植物や自然現象に由来する言葉や、なぜか「あいさつ」の言葉など、多彩な名前が含まれていますが、ハリケーン名のような人名へのこだわりは特にありません。例えば日本の気象庁は星座の名前を提案しています。また名前の順序は、台風名を提案した国名のアルファベット順となっているため、名前自体はアルファベット順とはなっていません。
台風のアジア名は全世界に通用する正式名称であり、もともとリスト方式が一般的だった国々ではすぐに使われるようになりましたが、日本では相変わらず番号方式が一般的で、アジア名はほとんど使われていません。ただし、インターネットユーザを中心に人々の目に触れる機会も徐々に増えてきており、知名度も徐々に上がりつつあると言えるでしょう。最近の台風アジア名の意味については、デジタル台風:ニュース・ウェブログを参照して下さい。
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同様の命名方式が2004年からはインド洋でも使われるようになりました。インド気象局(India Meteorological Department)がサイクロンの命名を担当し、名前はバングラデシュ・インド・モルジブ・ミャンマー・オマーン・パキスタン・タイ・スリランカの7か国が提案し、国名のアルファベット順に名前が利用されます。例えばサイクロンSIDRはオマーンが提案した名前、サイクロンNARGISはパキスタンが提案した名前です。
曖昧性の問題
台風テキストの自然言語処理
台風の名前に関する一つの問題は、台風の名前の曖昧性に関する問題です。歴史上には同じ名前をもつ台風が複数存在するため、あるテキストでどの台風が話題になっているかを、テキストに出現する手がかりや背景知識などを活用して特定する必要があります。つまり、台風関連テキストの自然言語処理を成功させるには、台風の名前に関する曖昧性を解消し、ある名前が指す台風が歴史上のどの台風なのかを自動的に判定するという「固有表現抽出(named entity recognition or named entity exraction)」が重要な課題となります。
周期性の問題
番号方式は、この観点からは問題があります。もし4桁方式を使うとすれば、この方式には100年周期という問題があります。例えば台風0314号といった場合に、これが2003年の14番目の台風なのか、1903年の台風なのかという問題が生じますa。まあこの100年周期は、今のところはそれほど大きな問題ではありませんが、台風の公式記録が整備され始めたのは1951年ですから、そのうち2051年問題が発生することは容易に想像できます(少なくとも既に周期の半分以上が経過しているのですから)。また2桁方式、すなわち台風14号のような方式には、明らかにより大きな問題があります。この方式は1年周期であるため、台風14号が今年の台風(よくあるケース)なのか、それとも2年前の台風14号なのか、さらには1970年の台風14号なのか、といった曖昧� ��の解消がしばしば必要となるのです。このような曖昧性を避けるため、このウェブサイトでは台風200314号のような6桁方式を用います。これにより、周期による曖昧性を解消することができます。少なくとも10000年までは。。
一方で、リスト方式にも問題があります。というのも、同じリストが「使い回される」ため、ここにも周期性による曖昧性の問題が生じるためです。例えばアジア名の場合は、14か国が10個ずつの名前を提案したため、全部で140個もの名前があることになります。しかし台風の発生数が年平均27個であることを考えると、これでもリストは5年ほどしか保ちません。リストが一巡した後は再び最初から同じ名前を使っていくため、結局は同じ名前の台風が複数出現してしまいます。
さらにアジア名を導入する以前の事例を調べてみると、台風FAYEは1951年以降に15個も存在していることがわかります。これでは「台風FAYE」という名前のみだと、具体的にどの台風なのか特定できません。したがってリスト方式も、やはり曖昧性の問題を避けられないことになります。
台風の名前の「引退」
そこで、このような曖昧性の問題に対処するために、台風の名前の「引退」という制度があります。これはある名前が将来的に二度と使われないことを保証する制度で、台風が人命や経済に甚大な影響を与え、その破壊の記憶を将来の世代にとどめるべきであるような場合に適用されます。このようなレベルの被害を引き起こした台風に関して、その被害を受けた国は世界気象機関(WMO)に対して、その名前の引退に関する要望を提出することができます。このように名前を引退させておけば、歴史的な引用や法律的な問題、保険請求に関する問題などで生じうる曖昧性をかなり防ぐことができるでしょう。これはちょうど、スポーツにおける背番号の「永久欠番」のようなもので、台風を記憶にとどめると同時に曖昧さを防ぐための慣例で� �。
現在のところ引退が決まっているアジア名は、RUSA、VAMEI、IMBUDO、CHATAANの4個です。これらの名前は、アジア名の2巡目には、それぞれNURI、PEIPAH、MOLAVE、MATMOとなります(Typhoon Committee Annual Review 2003による)。
また大西洋地域の2005年は、27個の熱帯低気圧が発生するなど史上最も活発なハリケーンシーズンでした。数が多かっただけでなくその影響も巨大なもので、例えばニューオーリンズに大きな被害を引き起こしたハリケーン「カトリーナ」はまだ記憶に新しいところです。このような活発な年であったこともあり、2005年の名前リストからは一挙にDENNIS、KATRINA、RITA、STAN、WILMAの5個の名前が引退することが決まりました。
命名不能サイクロンと名無し台風
2004年4月2日のNASAの記事によると、なんと「命名不能サイクロン(ハリケーン)」が登場したそうです。これまで南大西洋ではサイクロンは発生しないと思われていましたが、ついに観測史上初のサイクロンがブラジル付近に発生しました。ところが、この地域には事前に名前リストが用意されていなかったため、サイクロンに命名することができない、という事態になりました。この珍事、一体何が原因なのでしょう? 地球規模の気候変動が影響しているのでしょうか?
さて「命名不能サイクロン」に対して、「名無し台風」は過去にも多数出現しています。日本では番号方式が一般的ですので、台風の名前がなかろうと特に困ることはないかもしれませんが、それにしても「名無し台風」とはちょっとヘンです。一体どうして、このような奇妙な台風が生まれてしまうのでしょうか?
それは、日本基準の台風認定機関と、国際名の台風命名機関が、2000年以前は異なっていたことに原因があります。2000年以前の北西太平洋地域では、台風の認定を担当する日本の気象庁が台風と認定しても、台風の命名を担当する米国の米軍合同台風警報センター(JTWC)が台風と認定しない場合には、台風番号(台風○○号)は増えても国際名は命名されなかった、という事情があります。
台風の認定はそれぞれの国の専門家が独自に判断しているため、日本では台風なのに米国では台風でない、という食い違いがたまに起こります。こんなときに「名無し台風」は誕生していました。本サイトではこのような台風にNO-NAMEという仮称をつけていますが、検索してみると過去に82個も登場していることがわかります。
台風のアジア名が使用されるようになった2000年以降は、台風認定機関と台風命名機関の両方とも日本の気象庁が担当することとなりましたので、今後はこのような「名無し台風」が登場することはないでしょう。
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